濡れない紫陽花
家から40分歩いた。
1年ぶりに見る紫陽花の道は、記憶に負けずに美しく咲いている。
綺麗な、花達。
(やっぱり、美雨を思わせる)
ゆっくりと、1歩1歩、時間をかけて道を歩く。
去年は1歩も歩けなかった。
20メートルの距離。
ざあっと、風が吹いた。
紫陽花が僕を見つめている。
汚らわしいと、醜いものだと、ざわめいている。
その声なき罵声を全て浴びる気持ちで、ゆっくりと少しずつ前進した。
何歩、かかっただろう。
長い時間をかけてたどり着いた曲がり角。
いつも、美雨を送っていた曲がり角。
何度か、別れ際のキスをした曲がり角。
あの日、たどり着けなかった曲がり角。
また、汚い涙がこぼれる。
顔を隠す傘がない。
制服で目を擦る。
「はい」
不意に掛けられた声に驚いた。
それはしばらくの間聞くことのなかった、愛しい愛しい声だった。