私の風
「…おい。日も沈んだし、沖に行くか。」

「あ、うん。」


俺はそれ以上
何も言わなかった。

沙鵺の気持ちは
手に取るように
分かった。

言葉なんか要らない。

お前と
海でサーフィンを
していれれば
それで充分だ。


「本当に真っ暗になったよー!」


弥月も何も言わないし、
私も何も言わない。

だって、
弥月には
この気持ち
すでに伝わってる。

だからいちいち
言う必要なんか無い。

今は
弥月と暗闇で
サーフィンを
していたい。


「そういえば弥月!」

「何だ。」

「もう弟君は連れてこなくていいよ!」

「…。」

「私は弥月がいればいいから!」

「…分かったよ。」


暗闇の中で
弥月の苦笑した
顔が見えた。

本当の気持ち。

馴れ馴れしい弟と
サーフィンしたくて
早起きしてるんじゃ
ないもんね。

弟君には
嫌われても
かまわないし!

…なーんて。

言いすぎ…?


「沙鵺…。」


小声で呟いてみた。

沙鵺には
聞こえていない。

嬉しそうに
波の上で踊っている。


弟君か…。
すでに名前も
忘れたか…?

苦笑する。

辰巳の奴、
沙鵺に
気に入られなかったようだな。





俺もだ。


沙鵺さえいればいい。



あいつさえいれば…





波は朝よりは
少し高くなっていたが
それでも
穏やかだった。

視界が0に近い状態で
沙鵺は軽やかに
波をとらえていく。

新月に近い状態の
月が

彼女だけを
照らしているかのように



彼女は一人、


波の上で

光り輝いていた。
< 94 / 99 >

この作品をシェア

pagetop