リトルロード・セレナード ~赤の王女と翡翠の騎士~
 この人は、どこまでお人好しなのか。
「私の……ジパングの話を人前でなんて、私と同じく気が触れたと思われますよ。アレクシス様。私はひぃさまの枕元で、こっそりお話してるんですから」
「モモと同じか。では、私と君が毎夜話の内容に頭を悩ませているなんて噂はどうかな。努力を広めて……私との噂話が広まるかもしれないね。いっそどうかな、身分違いの恋ごっこ」
「結構です」
「冷たいな。じゃ、ジパングの話で我慢するよ」
 モモは幾度か『ジパングの話』をしたことがある。
 そう何度も。
 何度も、何度も。
 昼も、夜も。
 それこそ気が狂うほど。
 目の前の現実を受け入れられずに、長く苦しんだ。
 時代も文化も言葉すらも違う世界に、やっと順応した。
 と、少なくとも己自身に言い聞かせて理性を保つことは出来ている。幼い姫に故郷の話をするのは、心臓を締めつけられるような痛みを、寂しさや空虚さを、壊れてしまいそうな己自身を、まるごと柔らかい布で包み込んで、赤ん坊をあやすように優しく眠らせてしまう為だ。
 幼い姫にきかせる『おとぎばなし』として。
 アレクシスの顔を見た。
 これは、違う。
 幼い姫に、ジパングの物語を聞かせる時とは全く違う。
「モモ?」
 のびてくる大きな手。
「大丈夫?」
 万民に頼られ、騎士達を導く、緑の外套を纏った誇り高き孤高の騎士。
「お願いが、ございます」
「なぁに?」
 この優しい眼差しは、城内の光だ。
 多くの者が、彼の手に縋る。
 そして彼は受け入れて、迷った者を導く。
 ゆっくりと人差し指を唇にあてた。
「これからお話する『ジパングのおとぎばなし』は、ひぃさまにも聞かせたことがございません。ですから、ひぃさま以外には秘密にしてください。よろしいですか?」
 アレクシスは瞬きをした後、薄く微笑んでモモの手を取り、手の甲に口づけた。
「我らが三つ百合に誓って」
 恭しい動作に笑みがこぼれる。
 こんな姿、他の者に見られたら大変な騒ぎだ。
「それでは」


< 21 / 22 >

この作品をシェア

pagetop