足音さえ消えてゆく
 教室の扉を開けると、まるでそれが聞こえなかったかのように菜穂は、うつむいて教科書をパラパラめくっていた。

「おはよ」

 いつものように声をかけると、視線をこちらに向けることなく、
「あ、おはよ」
と聞こえないくらいの小さな声で言うのが分かった。

 菜穂にはたまにこういう時がある。

 ある時は親とケンカした翌日だったり、ある時は月に1度やってくる忌まわしい日だったり。理由はさまざまだが、こういう時の菜穂は異様に暗い。
 昔は、バカ言って元気づけようとしていたのだが、最近はそれにも慣れてほうっておくことにしている。

 触らぬ神に・・・だ。


 椅子に座って、ぼんやりと頬杖をつく。いつもは騒がしい教室がこの時間だけは静かで、不思議な気持ちになる。なんだか、世界にひとりのような気持ち。


< 140 / 258 >

この作品をシェア

pagetop