足音さえ消えてゆく
 菜穂は、
「あ、そっかー」
と言いながら涙をぬぐったが、声は震えていた。

「そうだよ。これじゃあ私が泣けないじゃん」
私も菜穂に文句を言いながらも、鼻がツーンと痛くなるのを感じていた。


「まさか、岩崎が井上と付き合ってたなんてなぁ」
優斗が腕を組みながら口をとがらせて言う。

 菜穂は、そんな優斗に
「岩崎先生、井上先生でしょ。呼び捨てにしないの」
と、彼女らしく訂正をした。

「知ってたよ」

 私の言葉に、2人が私を見た。

「知ってた」
もう一度私は言った。心が落ち着いてくるのが分かる。

 2人は「え?」という表情のままポカーンとしているので、私は説明をした。

「いつだったか・・・たぶん1年くらい前かな。同じスーツばっかり着ていた井上先生が頻繁にスーツを変えるようになったのね。髪も短いながらも、伸びるまでほうっておくのじゃなく、1ヶ月ごとに切るようになったのもその頃」

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