神への挑戦
会場からはどよめきの様な声が漏れ、ヒサジに向けての声援が所々から聞こえてくる。

隣にいたマリコはもちろん、サヨも少し安心した様な表情になる。

「…流石だな。これも作戦の一つってか」

ハヤトは先ほどの光景を思い出し、肌寒い感覚を覚えた。

先ほどの攻防の中、ヒサジの回転力は徐々に上がっていた。それは、相手選手の捌ける手数ではなく、相手の選手はまさに蜂の巣状態だった。

この展開をヒサジがあらかじめ予想していれば、相手の選手が一度距離を置くのは容易に想像が出来る。だからこその一撃だ…。

多分ヒサジは、相手が距離を置くのを待っていた。そして相手は攻撃の合間を見て、間違いなくバックステップをすると考えたのだ。そしてそのバックステップも、ロープを背をわないぐらいの距離を下がらなくてはいけないので、そんなに距離をおけない。

すなわち、相手のリーチのギリギリ外ぐらいの距離を一度おくと考えた。だがヒサジは今回の試合で、相手に自分のリーチを肌で感じさせていない。

至近距離での攻防で、ショート系の攻撃しか見せていないのだ。その状況でヒサジのリーチを正確に読むのは不可能に近い。相手もこんな展開になると予想出来た訳ではないと思うので、微妙な距離を作ったに違いない。

ここで相手が動揺し、中途半端な距離を取った事で、ヒサジの右ストレートが顔面をモロに捕らえたのだ。

コークスクリューブロー。肩をねじ込む様に打つこのパンチは、本来のリーチよりも若干距離が伸びるパンチだ。下半身から上半身のバネを集約して打つこのパンチの破壊力は、見ての通り、タフな選手を一撃でダウンさせられる威力がある。

いわゆるパニックダウンという事だ。

「1ラウンドめは、相手のパンチの質や距離を確かめる為に使ったのか。ガードを下げて戦ってたのは、相手をよく観察する為…それと相手に、怒りと言う名のプレッシャーを与える効果もある。自分が手を出さないという行為を、余裕があるからと言う意味にすり替える効果もある」
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