Black in White
彼女の肘に押されたグラスが転がり落ち、派手な音を立てて割れたのだ。
「わっ、ごめんっ」
「大丈夫か!?」
白い腕に滴る真っ赤な液体に、自分が刹那に最も畏れていた事が何なのか理解し心臓がドクドクと嫌な音を立てた。
(やめてくれよ)
「すぐ片付けるねっ」
「それよりお前、怪我は…」
「大丈夫、龍ちゃんは?」
赤いジュースを布巾で拭い、ほら、と小春は笑ってみせた。
それでも龍一は笑う所か苦い顔を益々歪めた。
白かった布をみるみるうちに染めていく真紅に蘇ってくるあの日。頭の奥で蠢く冷やりとした記憶とは裏腹に、暴れるように体中を駆け回る血。
「…………」
「龍ちゃん…?」
その赤から漂う強烈な程の甘い匂いと小春の戸惑う声だけが、龍一を現実に引き戻した。
「いや…………大丈夫だよ」
窓の外は黒い雲が覆い暗く、生暖かい空気が肌に纏わりつく。
そう言えばあの日も………。
微かに窓を打つ音がする。
嫌な雨だった。