【長編】唇に噛みついて


あの日から俺は変わった。
不器用で素直に、自分の気持ちを伝えられなくて。
言いたくもない、思ってもいない言葉を口にして、聖菜を怒らせたりもした。
そんな自分の不器用さに嫌気がさしていた。


でも、そんな俺をどんなに聖菜が嫌ったって。
どんなに“最低”と言われたって。
どんなに睨まれたって。
どんなに拒絶されたって。
聖菜に会いたい気持ちは、抑え切れなかった。


覚えてるか?
あの雨の日……。
傘も忘れて、今までの俺だったらきっとあの日すぐに帰ってた。
でも俺は、連絡がつかなくたって。
雨に濡れたって。
いつ来るかも分からない聖菜を。
もう帰っているかもしれない聖菜を。
待ち続けた。


待たされるのは嫌いだった。
思い通りにならないのも嫌いだ。
でも、聖菜に会えるなら、俺はどんな我慢でもする。
そう思えたんだ。


あの時聖菜は、びしょ濡れの俺を“馬鹿だ”って涙を流してた。


そうだ。
俺は馬鹿なんだ。
だから、こんな愛情表現しかできない。
こんな性格だから、得する事より損する事の方が多い。
損ばっかの人生を送る事しかできない自分が嫌いだった。
でもそんな俺の馬鹿さに聖菜は涙を流してくれた。


どんなに俺を罵ってもいい。
どんなに俺を軽蔑してもいい。
どんな事を言われても構わないから、傍にいてほしい。
そう思ってた。


濡れたせいで風邪を引いた時は、薬を飲めない俺を聖菜は大声で笑った。
初めて人に、苦手な事を知られた。
聖菜は薬を飲めない俺を、馬鹿にしながらも、苦手を克服させてくれた。
それを俺は初めて素直に喜んだ。
そんな俺を見て、聖菜は優しく微笑みながら、


“そうやって……無防備に笑えるんだね”


って言ったんだ。


面倒臭いから自分の意見は言わなかった。
だって言ったら、口論になるのがオチだから。
面倒臭いから何も思わないようにしてた。
その為に、関わらないように、考えないようにしてた。
だって、何かに夢中になったら。
裏切られたら立ち直れない気がして。
失った時が怖くて。


でも無意識に聖菜の前では、素直に笑えた。


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