【長編】唇に噛みついて
何気ない2人のやりとりが、あたしの胸をチクリと刺す。
すると真寿美ちゃんは眉を下げながら言う。
「零、女遊び激しい奴ですけど、愛想着かないであげてくださいね」
何で……。
そんな事言うのかな。
そんな事言われなくたって……愛想着かないよ。
「真寿美!余計な事言うなよ……」
真寿美……って呼んでるんだ。
名前で呼び合ってるんだ。
零のあんな顔……。
初めて見た。
真寿美ちゃんは、あたしの知らない零を知ってるのかな……。
そう思うと、あたしの胸はさらに鈍い音を立てて痛んだ。
2人の姿を見たくなくてそっと俯いていると、零はシッシと手を動かして真寿美ちゃんを睨んだ。
「お前、もうどっか行けよ」
「彼女さんの前でも愛想ないんだからー。……はいはい、仲良しのお2人さんの邪魔しちゃいけないから戻りますよ」
ムスッとした顔の真寿美ちゃんは、そう言って零を睨むと、あたしに視線を向けて微笑んだ。
「聖菜さん、文化祭楽しんでってくださいね♪」
「あ、うん……。真寿美ちゃんも頑張って」
笑顔を必死で作って、手を振りながらそう言うと、真寿美ちゃんは“ありがとうございまーす”って言いながら去って行った。
真寿美ちゃんの登場に、あたしは胸がギシギシ痛んだ。
そっと俯いたままギュッと拳を握ると、隣に立っていた零が紅茶を差し出してきた。
「……ほらよ」
そう言っていつもと変わらない笑顔。
この笑顔を見ると、ホッとする筈なのに……。
何だか今は、その笑顔が胸を苦しくさせるよ。
「……あ、りがと」
あたしは俯きがちにティーカップを手にとって、自分の方に引き寄せた。
さっき見てた取り巻きの子達には、零……冷たかったけど。
真寿美ちゃんに対しては違った。
それって……やっぱり真寿美ちゃんは他の子と違うって事?
特別な存在か何か?