【長編】唇に噛みついて
あいつ……?
「俺、いきなり距離を置こうなんて納得できなくて……聞こうと思ってここに来た。でも……」
そう言って零はあたしから視線を逸らした。
そして目を合わせずに言った。
「あいつの気持ちには、会った時から知ってたけど……聖菜も幼馴染とか言って、ホントはもっと特別な存在だったんじゃねぇの?」
「え……?」
「何だかんだ言って……聖菜は年上好き、か」
「零……?」
何言ってるか、分かんないよ。
あたし……そんな事言ってほしくてここにいるんじゃない。
「違う!あたしはっ……零の将来を大切にしたくて。あたしのせいで夢を諦めるような事してほしくなくて!」
涙を流しながら、必死で訴えようと口を開く。
でも、零はそんなあたしの言葉を聞こうとせずに目を伏せた。
「俺の将来を大切にしたい?そんなのただの言い訳だろ。俺は……医者になるって夢以上に、聖菜を幸せにしたいって思ったんだ」
「でもっ」
「聖菜以外いらない。聖菜がいればいい。そう思ったから、守りたいって思った。なのに……自分せいで夢を諦めてほしくない?だから距離を置こう?……ふざけんな」
今まで目を合わせてくれなかった零がふとあたしの瞳を見つめる。
「俺は医者になる夢を捨てた訳じゃない。ただ……聖菜を守りたいって夢が増えたってだけだ。なのに、夢が2つあるってだけで距離置かなきゃいけねぇのかよ。……夢が何個もあっちゃいけねぇのかよ」
あたし……。
思っていたよりも、零を傷つけていたんだ。
思っていた以上に、零は傷ついていたんだ。
そう思うと、涙が止まらない。
すると零は目を伏せながらそっと呟く。
「あいつのとこに行きたいなら……。そう言えよ。回りくどい事すんなよ」
そう言って零はあたしに背を向ける。
「待って……」
その背中を引き止めたいのに、体が動かない。
違うって否定したいのに、声が出ない。
待って……。
お願い、あたしの話を聞いて。
そう心の中で叫んでも、口が動かなくて。
あたしは寂しそうな零の背中を見送る事しかできなかった。