【長編】唇に噛みついて


何か……ここまで言われると、払わない方がいい気がする。
大人しく奢られた方がいいみたい。


そう思ったあたしは少し戸惑いながらも口を開いた。


「じゃぁ……ありがと」


小さく頭を提げると、りっちゃんは満足そうに微笑んだ。
そしてあたしの頭をポンポンと叩く。


「うん。お利口」


う……。
何か子供扱いされてる気がする。


複雑な心情で頭を叩かれていると、隣からハハッと笑い声が聞こえてきた。
その声のする方に顔を向けると、受付のおじさんと目が合った。


あ……。
そういえば、ここ。
受付の前だった。


何となく子ども扱いされている事に恥ずかしくなって俯く。
するとおじさんは微笑みながらあたし達に言った。


「いやぁ、仲良になんだね。彼氏さん、彼女が可愛くて仕方ないんだね」


え……。
か、彼女おぉ!?


おじさんの言葉にギョッとしたあたしは慌てて否定しようとする。


「ち、違っ……」


「そう、見えますか?」


違うって言おうとした瞬間。
りっちゃんはあたしの前に立ち、そう言って微笑んだ。


「え?」


思いもしなかったりっちゃんの言葉に固まると、おじさんは笑いながら言った。


「見えるさ。幸せそうで羨ましいよ」


そう答えたおじさんに、りっちゃんは満面の笑みで口を開いた。


「ははっ、そうですか」


< 228 / 286 >

この作品をシェア

pagetop