【長編】唇に噛みついて


「きー?」


「ごめっ……」


何でもない。
そんな強がりの言葉が今は言えなかった。
ただ涙を堪えるのに必死で言葉にならない。
必死で涙を堪えているあたしを見たりっちゃんは、そっとあたしから顔を離して重い口を開いた。


「きー……。この前、須藤と何があったの?」


「え……」


顔を上げると、まっすぐあたしを見つめていた。
その目は今まで見た事がないくらいに、真剣な目で。
あたしは思わず目を逸らした。


「聞いてほしくないだろうから、聞かないでおこうって思ってた。でも……そんな悲しそうなきー見てたら、見ないフリなんてできない」


そう言うと、りっちゃんの手があたしの腕を掴む。


……りっちゃん。


「教えて。何があったの?」


何があった……か。


まっすぐなりっちゃんの目を見て、あたしは決心する。
そして戸惑いながらも俯いて小さく呟いた。


「……あたしは零の夢を大切にしたいって思った。だから、あたしを優先にして夢を追う事をやめてしまいそうな零に距離を置こうって言ったの」


「うん」


「でも……。駄目だった」


そう……笑顔を見せて言ってみたけど。
その作り笑顔は一瞬で崩れた。
みるみるうちに溢れてくる涙。
あたしの頬を伝って、ポタポタと地面へ落ちていく。


あたしだって零の傍にいたい。
でもそんな気持ちを我慢して……。
全てを堪えて“距離を置こう”って言ったのに。
その気持ちは零に伝わらなかった。


零の馬鹿……。
いつもあたしの気持ち、あたしの表情から読み取ってくるくせに。
何で今回は分かってくれないのよ。


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