【長編】唇に噛みついて


目の前の光景に目を見開いた。


零の部屋の前に零と真寿美ちゃんがいた。
あたしは角を曲がった瞬間、真寿美ちゃんは泣いているのか肩を震わせながら零に抱きつく瞬間を見てしまったんだ


……何で。


金縛りにあったみたいに体が動かない。
それくらいショックだった。


零は一瞬躊躇う素振りを見せたけど、遠慮がちに真寿美ちゃんの肩に手を伸ばした。
そしてゆっくりと零は真寿美ちゃんを離すと、何かを真寿美ちゃんに告げてからポケットから携帯を取り出した。
そしてしばらくすると……。


~~♪ 


あたしの携帯が鳴った。
放心状態になりながらも、ゆっくりと携帯のボタンを押すと、耳に携帯を当てる。


「……はい」


『あ、きーちゃん?』


いつもの口調の零の声が聞こえてくる。
目の前の光景から目を離せないでいると、零は言った。


『今どこ?まだ着いてない?』


今……。


「ま、まだ着いてないよ。これから行こうと思ってるとこ」


とっさに出て来た嘘。
すると零はホッとしたような声で言った。


『そっか。悪いんだけど、友達が急に忘れ物取りに来たいって言い出したんだ。鉢合わせすると面倒だから、ちょっと時間遅らせてもらっていい?』


真寿美ちゃんは……忘れ物を取りに来たの?
じゃぁ何で泣いてるの?
零に抱きついてるの?
友達は……忘れ物を取りに行くだけで、そんな事する?
……しないよ。
鉢合わせしたら面倒っていうのは。
修羅場になるかもっていう意味?


「うん……分かったよ」


わざと明るく答えると、零はフッと微笑んだ。


『ありがとう……ごめんな』


その声の後に電話は切れてしまった。


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