【長編】唇に噛みついて


そう言ってあたしはフッとまた微笑んだ。


……大丈夫。
笑える。


それを確認すると、あたしはデスクにある溜まった書類に手を伸ばした。


「あはは……いっぱい溜まっちゃってる。早く終わらせないと……」


わざと明るくしてる。なんて、きっとバレバレだと思うけど。
それでもあたしは平気な顔をして仕事を始めた。


……早く忘れる為に。
あの日々も……。
零の温もりも……全部。



久しぶりに仕事をちゃんとして、少し達成感を感じつつ。
あたしは食堂へと足を進める。


はぁ……今日は頑張っちゃったな。
まぁ、まだまだ溜まっているから、残業である事には変わりないんだけど。
でも忙しいから、仕事をしてる間だけは。
自然と零の事を忘れられた。
こんなんだったら、最初から仕事に専念すればよかった。


「ふぅ……」


そっと息を漏らして食券を買おうと販売機の前に立つ。
すると後ろに誰かが立つ気配を感じ、あたしはそっと振り返った。
そしてあたしは少し眉間に皺を寄せる。


「……品川」


少し低い声出名前を呼ぶと、品川はフッと微笑んだ。


「オレを見て不機嫌そうな顔できるって事はちょっとは元気出たみたいだね」


「は?」


「いや、話は聞いてるからさ?……別れた事」


少し言いずらそうにしながらも、はっきり言ってくる品川。


……容赦ないなぁ。


あたしはフイッと視線を逸らして、販売機でカツ丼の券のボタンを押す。


「あんたさぁ……。ちょっとは人の気持ち考えなさいよ。せっかく少し忘れてきてたとこなのにさ」


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