【長編】唇に噛みついて


太陽も沈み、夜がやって来た。
みんなが帰る中。
あたしはパソコンと睨めっこ。
もちろん……残業。


「じゃ、あたし帰るけど。あんま無理しないでよ?」


最後まで残っていた真弓はバッグを肩にかけてあたしに声をかけてくる。
あたしはチラッと真弓に視線を向けて口を開いた。


「うん。ありがと。じゃぁまた明日ね」


手を軽く振ると、真弓は去って行った。
それと同時に静まり返る室内。
あたし1人になって、ため息をついた。


「……はぁ」


さすがに集中が切れてきたかもしれない。
久しぶりにまともに働いたし。
それに昼間頑張り過ぎた。


「コーヒー飲も」


ボソッと独り言を呟いて、あたしはお財布を手にすると廊下へと出た。
薄暗い廊下を抜けて購買の自動販売機の前で立ち止まる。


……今日はちゃんとあった。


カフェオレを見つけてあたしはフッと微笑んだ。


前に……残業だった時は、ブラックしかなくて最悪だったなぁ。


なんて思い出しながらカフェオレを口に含むと、さらに思い出す。


そういえば、あの日は……。
零が会社の前でずぶ濡れで待っててくれたんだっけ?
って……。


「いけない。忘れようって決めたんだから」


我に返って顔をブンブンと横に振って、あたしはカフェオレを片手にまた戻って行った。
自分のデスクに座ると、隅に置いてある携帯で時間を確認する。


……もう8時になるんだ。
少しでもやって早く帰ろう。


そう決めると、あたしは気合を入れて仕事を始めた。


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