【長編】唇に噛みついて
りっちゃんが……あたしを待ってた。
何も言えずに立ち止まっていると、りっちゃんは優しい声で言う。
「帰ろっか。送ってくよ」
そう言って背を向けて歩き出すりっちゃん。
その背中を見てあたしはハッとする。
あの日は……零が待っててくれた。
あんな雨の日に。
傘もささずに……。
待つの嫌いな筈なのに。
あたしをずっと待っててくれた。
あの時は零……。
風邪引いちゃったんだっけ。
どんどん……どんどん零との思い出が浮かんでくる。
忘れようって決めたのに。
どんどん……どんどんこみ上げてくる。
楽しかったあの頃が。
歩いて行くりっちゃんの背中が、あの時の零の背中と重なってしまう。
動けずにいると、なかなか歩き出さないあたしに気づいたりっちゃんが振り返った。
「きー?」
あたしを呼ぶ声に我に返る。
でも完全には意識が戻っていなくて、あたしは無意識のうちに口を開いていた。
「何で……」
「ん?」
「何で、あたしの事待っててくれたの?」
気づいたらそうりっちゃんに聞いていた。
りっちゃんは少し戸惑った様子だったけど、少し照れながらも口を開く。
「きーに会いたかったから」