【長編】唇に噛みついて



「真寿美ぃ!九条が呼んでるー」


……ドキ。


クラスメイトの言葉に心臓が脈を打つ。
教室の扉に視線を向けると、優しく微笑んでいる九条先生が立っていた。
長身の彼の姿を見て、ときめきながらも小走りに近づいた。
すると九条先生は、あたしを呼んでくれたクラスメイトの頭をこつんと叩く。


「こら。九条じゃなくて、九条“先生”だろ?」


「えー?そんな堅い事言わないでよー」


先生と生徒。
そんな立場が気にならないフレンドリーさが人気を集めている。
話しやすくて生徒想いで、おまけに格好いい……。
きっと先生に想いを寄せているのは、あたしだけじゃない。


先生はクラスメイトを呆れたように見下ろす。


「ったく……。そんなんじゃ社会出てやってけないぞ?ほら、級長の鼎を見習え」


そう言って優しく微笑んで、先生はあたしに視線を移した。


……ドキ。


また、心臓が動いた。


「何言ってるんですか、先生。って、用って何ですか?」


照れ隠し。
ほんとはこうして話してる事だって、素直に喜びたいけど。
恥ずかしく素直になれない。
ぶっきらぼうに聞くと、先生は“あぁ”と思い出したかのように手をポンと叩いた。


「文化祭の事なんだけどさ。事後報告書、書いてくれないか?」


「あ……はい」


「で、ちょっと急ぎだからさ。大変だろうけど明後日までに、よろしく」


何言ってるの、先生……。
先生に頼まれたら、頑張って明後日なんて言わないで今日にだって出しちゃうよ。


「分かりました」


そう言うと、先生はニコッと笑った。


「頼むな。書けたらオレんとこ持ってきてくれな」



< 263 / 286 >

この作品をシェア

pagetop