【長編】唇に噛みついて



「はい」


やった……。
先生の所に会いに行ける。


そんな些細な理由ができて内心喜ぶあたし。
するとクラスメイトは茶化すように先生の腕を肘で突いた。


「先生駄目じゃーん。そうやって理由つけて真寿美と2人っきりになろうとしてんでしょー。へんたーい」


「馬鹿言うんじゃない。んな訳ないだろ」


ギョッとした顔をして否定をする先生。


わざとそう言ってるのは分かってる。
先生が何も考えずに否定してるのも分かってる。
でも……。
やっぱり寂しい。
『そうだよ』なんて絶対言ってもらえないのは分かってるけど。
ちょっと期待してしまう。


「まったく……。ろくでもない事言い出すんだから。……鼎。気にしなくていいからな?」


「あ……はい」


気に、するよ……。
先生にとっては、ろくでもない事なんだな。


そう思うと胸がチクリと痛んだ。


「じゃ、オレ行くから。鼎、よろしくな」


「はい」


ポンと軽く叩かれた肩。
一瞬しか触れられてないのに、じわりと熱が集中する。


触れられた肩に手を添えて、あたしはゆっくり歩いていく先生の背中を見つめた。


……先生。
好き……。
大好き。


そう心の中で呟きながら。


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