【長編】唇に噛みついて



先生……。
先生は、好きな人とその好きな人の隙に入れないって言った。
でもね……。
あたしも先生の中に入る隙なんてこれっぽっちもなかったんだね。


「……ごめんなさい」


声を堪えているのも限界が来て、あたしはそれだけを言うと逃げるように職員室を出た。


分かってた。
断られる事は。
でも、好きな人がいるって言われるなんて想像もしてなかったから。
フラれらショックが大きかったよ。


泣きながら走った。
周りの人の視線も気付かずに、ただただ走った。
そしてあたしがたどり着いたのは……。
モダンな造りのマンション。


ピンポーン……。


弱弱しくインターホンを鳴らすと、しばらくして部屋の主が扉を開ける。


「はい……」


ダルそうに扉を開け出てきたのは、零。
その姿を見た瞬間に、またあたしの目から涙が溢れる。


「れっぃい~……」


「真寿美?」


「あたしっ……」


涙が溢れて言葉にならない。
でもあたしの姿を見て、何かを察した零は黙ったままあたしの頭に手を乗せた。


ふと蘇る先生の手の温もり。
それがまたあたしを泣かせた。
そしてあたしは零に抱きついた。


……忘れろなんて無理だよ。
だってこんなに好きなのに。
先生ずるいよ。
こんなになるんだったら、諦めろって言ってくれた方がよっぽど楽だった。


この時……。
あたしが零にしがみついて泣いている姿を……。
聖菜さんが見ていたなんて、あたしも零も想像もしてなかったんだ。



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