【長編】唇に噛みついて



すると零はあたしの目の前で立ち止まり、不気味に微笑む。
そして口を開いた。


「俺は運命の女だと思ってた女に捨てられて。お前は男にフラれて。そんでもってその女と男がくっつくなんて……残酷だよな。可愛そうだよな?俺もお前も」


そう言ってあたしの頬に手を添える。


「なぁ……お互いの傷……。癒し合おうか」


そっと唇が迫る。
それに気づいてあたしはキッと零を睨みつけると、思い切り零の頬を叩いた。


パシィィィン!!!


「零の馬鹿!あんた大馬鹿だよ!」


涙が込み上げてくる。


今まで……どんなにいろんな女の人に手を出したって。
あたしには触れてこなかったのに。


自分までもがターゲットにさせそうになった事は悔しくて悲しくて堪らなかった。


「フラれたからって何よ!あんたそれでいいの!?また腐っていいの!?あんたの聖菜さんを思う気持ちはそんなもんだったの!?違うでしょ!あんたほんとに聖菜さんの事思ってたじゃない!!」


聖菜さんはきっと……。
零を捨てたんじゃない。
きっと……。
そう信じたい。
だって……零を変えてくれた人なんだもん。


「……黙れよ」


「……!!」


そう言ってあたしを見る零の目は、全くの無。
その目を見て言葉を失った。
すると零は何も言わず、ゆっくりと通り過ぎて行った。


……どうして。
あの2人はもう戻れないの?


自分の不甲斐なさに唇を噛み締めた。



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