【長編】唇に噛みついて


人は……。
何も考えなければ不安にならない。
何も感じなければ嫉妬もしない。
何も悲しくなければ涙を流さない。
何も嫌な事がなければ怒らない。


でも人は恋をすると。
相手の気持ちを見る事ができないから不安になる。
相手を取られたくなくて嫉妬する。
相手を思って涙を流せる。
悲しくても嬉しくても、涙を流す。


「りっちゃん……人にはそれぞれ心があって。感じ方、考え方何もかも同じ人なんていないから……。傷つけないなんて、泣かせないなんて、無理なんだよ」


誰だって人を傷つけようとして生きてなんかいない。
泣かせようと思ってぶつかってくる訳じゃない。


どんなに不安がらせないようにしてたって、その人は不安って思ったらそれは不安にさせてるって事。
どんなに傷つけないように大切にしたって、その人が傷ついたらそれは傷つけたのと一緒。
どんなに頑張ったって無理なんだよ。


だって……人は完璧じゃないから。


「あたしだって不安になるのも、傷つくのは嫌だよ。前……あたしが彼氏に浮気されて別れた時も……。もう傷つきたくないって思った」


もう恋なんてしないって本気で思った。


「でもね?人間って懲りないからさ。何十回、何百回って傷ついても……好きな人と一緒ならいいって思っちゃうんだよ」


零とだったら……。
そう思ってしまうんだよ。


「あたし、これから先どんなに不安になってもいいから、どんなに辛い事が起こってもいいから……もう1度零の隣に行きたい」


思いが込み上げてあたしの目から涙が零れる。
あたしは堪えてギュッとスカートの裾を握った。


……会いたいよ。
零に会いたいよ……。


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