【長編】唇に噛みついて


声が出ない。
耳を傾けると、ザーザーって雨の音がして。
その音を聞いてあたしは少し声が震えた。


「あんた……今どこにいるの?」


そう聞くと、須藤は優しい声で言った。


『んー?……会社の前にいるよ』


嘘……。
着信って4時と6時だったよね?
もしかして……4時からいたとか?
嘘だよ……ね?
そんな事ないよね?


あたしは携帯を切ると、荷物を持って走り出した。


そんな待ってた訳ないよね?


そう言い聞かせながらもあたしは走った。
そして自動ドアの前であたしは立ち止まった。


……嘘。


入り口の前に黒い物体が少し動いた。
そしてゆっくりと立ち上がって……それが須藤だった分かった。
駆け足で近づくと、あたしは言葉を失った。


「何で……」


いつもムカつくくらいサラサラの髪は、水滴が滴るくらいに濡れていて。
ムカつくくらい綺麗な唇は青白くて。
ムカつくくらい整った顔が赤みを失っていて。
その顔で優しく微笑むから……胸がキュッてなった。


「何でいるの?」


震える声でそう聞くと、須藤はフッと笑った。


「決まってるじゃん。きーちゃんに会いたくなったの」


その言葉に耳を傾けながらあたしは須藤の腕に触れた。
制服は雨のせいで重みを増して冷たい。
微かに……寒さで須藤が震えてる。


その姿に胸が締め付けられる。


「何で濡れてるのよ。傘は?」


そう聞くと、須藤は髪をクシャッとして視線を逸らした。


「朝……晴れてたから、忘れた」


その声が胸を締め付けて、なぜか目頭が熱くなる。
あたしはギュッと目を瞑りながら、須藤の胸に頭を寄せた。


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