【長編】唇に噛みついて


「あんた……馬鹿なんじゃないの?」


そう言うと、須藤はフッと笑った。
その表情さえあたしは見れなかった。
顔を上げたら、泣きそうで。


「普通傘コンビニとかで買うじゃん」


「でもいつきーちゃんが出てくるか分かんないから」


そう言って須藤は微笑んだ。


「雨の中夜中まで普通待つ?」


「うん」


「1時間くらいで諦めるでしょ……」


「…………」


「待つの嫌じゃん。苛々するじゃん」


「あぁ、そうだな」


なのに、6時間も……。
何であたしを待ってるのよ。


すると須藤は俯いているあたしの両頬に手を添えて上を見上げさせた。
そして目と目が合うと、フッと意地悪な笑みを浮かべた。


「ったく……俺を6時間も待たせるなんて」


いつもと同じ自己中な言葉。
でもいつもと違って……優しさを感じた。
するとあたしの頬を冷たい手で撫でた。


「でも……」


「え?」


「……会いたかったから。何時間待ってでも会いたかったんだ」


優しい声。
優しい瞳。
普段意地悪な事ばっか言って。
年上のあたしを馬鹿にしてるくせに。
今日に限って優しいから……涙が出てきた。


「ふっ……つぅ~……あんたやっぱ馬鹿だよ」


馬鹿だよ。
大馬鹿者だよ。
とんでもないくらいの馬鹿だよ。
世界一の馬鹿だよ。


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