かげろうの殺しかた
【二】
武士というものに何か農民や町人との違いがあるとするならば、
いつでも刀を抜いて人を殺めることができるという点ではない。
それはこの冷たい鋼の塊を鞘に納めおき、抜かぬことができるという点だと隼人は思う。
例えば農民や町人に、
武士の腰にいつもぶら下がっている殺人のための道具を渡してやれば、剣術など知らなくても人を殺めることなどできる。
いや。
人を殺めるだけならば何も、人の肉を裂き骨を絶つ用途のためだけにこしらえられた専用の道具を使わずとも、きっとそこらの包丁でも鉈でも鎌でも可能なのだ。
他の者が刃物を手にしたならば──
つまるところは人殺しが可能な状況に置かれたならば、
刃物の魔力に引きずられて──
つまるところは人殺しが可能だという状況の魔力に操られて、
即座に刃を振りかざして人殺しを行う場面であったとしても。
刀を鞘から抜かずにおられる者が武士だ。
魔力に引きずられず、操られず、己の意志で斬るか否か決めることができる者が。
道具の手下となって使われるのではなく、己の意志で道具を扱える者が。
刀に操られず、刀を操ることのできる者が。
──侍というものだ。
農民や町民と何一つ違わぬただの人間であるところの隼人が、腰に刀を差して往来を闊歩することを許されている。
無理矢理に何か一つ彼らとの違いを挙げてみせよと言うのであれば、隼人にはそのように己の意志で刀を振るえるという点であろうと思う。