かげろうの殺しかた
「何かあったか?」

師匠の宇喜多弥吾郎が隼人にそのように声をかけてきたのは、

あれから暇さえあれば道場に通い詰めていた隼人が、しとしとと降り始めた五月雨の雨音を窓の外に聞きながら稽古を終え、滴る汗を手拭いで拭っていた時のことだった。


弥吾郎は寡黙というわけではなかったが、普段からあまり笑わない男だ。

それは侍や剣客たる者がいつもへらへらとしまりなく笑うものではないとか、そういう生真面目で堅苦しい人格に基づいたものでもなくて、
周囲に合わせて作った表情を無闇に振りまいたりは決してせず、いつでも自然体でいるこの師匠の人柄は、どうでも良い他人の中にあって隼人にも居心地が良く、気に入るものだった。


四十代に届こうかという師匠は、ぴりりとした山椒のような小柄な体で隼人に歩み寄ってきて、
普段通りニコリともしない顔のまま、眉間にわずかにしわを寄せて隼人を見た。

「最近のお前は、何かに焦っているように見えるぞ」

「はあ」と、隼人はあいまいな返答をした。

「悩みごとでもあるのか」

弥吾郎は黙りこんだ隼人をじっと観察して、

「いやなに、悪いこととは思っておらん。むしろ今のお前には、以前には感じられなかった覇気や気迫のようなものがある。
それで、一つ話があるのだがな」

「話でございますか」

「うむ。秋山、お前にこの道場の師範代を任せたい」

隼人は驚いて弥吾郎を見つめた。

「お前はまだ若いが、若すぎるということもない。
うちの次席は今や、間違いなくお前だ。それでもこれまで儂はお前に、武芸者として必要なものが決定的に欠けておると見ておったのだが」

今のお前にはそれが備わっておるようだ、とこんな話をするにしてはあまりに素っ気のない、普段と変わらない口調で弥吾郎は言った。
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