先生なんて言わせない
「どうしたの、これ?」
そう言いながら、安藤先生の人差し指があたしの胸もとをなぞった。
ゾクッと震え、鎖骨から全身に伝わる。
安藤先生の顔を見ることができず、私は先生の紺色のネクタイを見ていた。
「…もう、オレのこと忘れちゃったの? 千沙」
切なそうに千沙と呼ばれると、昔捨てたはずの感情がよみがえりそうで怖かった。
だから、かたくなに下を向き続けた。
だけど、あごにのびてきた手によって、クイッと上を向かされた。
「オレから別れを切り出しておいて、ふざけるなって思われるかもしれないけど、
やっぱり忘れるなんてできないんだ」
安藤先生があたしに悲しそうな微笑みを向け、そして、優しいキスを降り注いだ。
それは、付き合っていた頃となんら変わらない、そっと触れるだけのキス。
その優しさが胸に痛くて、涙があふれた。
安藤先生が涙をぬぐおうと手をのばしてきたけど、あたしはそれを払いのけ、再び走りだした。