隣の先輩
「先輩のことなんか忘れて、俺とつきあわない?」


「え?」


 意味が分からなかった。彼がそんな対象として、私を見ているとは思わなかったからだ。


「ずっと安岡のこといいなって思っていたから」

「でも、私はまだ先輩のこと」


 多分、遠くから彼の姿を見るだけで心を痛めてしまう日々が続いてしまうことはなんとなく分かっていたからだ。


「それでもいいよ。先輩のことを好きでいていいから。無理に何かをしようとしたりもしないから」


 甘い言葉だった。つい、しがみついてしまいたくなるくらいの。


 でも、唇をそっと噛み締める。


 だって、私だったら嫌だからだ。


「やっぱりそれはダメだよ。私は先輩のことが忘れられないし」


 こんな中途半端な気持ちでつきあったら、きっと森谷君まで傷つけてしまう。


 友達をそうやって傷つけてしまうのも嫌になってしまう。


「それでもいいよ」

「ダメなの。そんなことをしたら、自分で自分が許せなくなると思うから」


 私は言葉を噛み締めるようにそう伝えた。


 自分の気持ちの弱さで、誰かを傷つけることだけはやっぱりだめだと思っていたからだ。


 彼は少しだけ寂しそうに笑っていた。


「ごめん。こんなこと急に言って」


「ありがとう。そう言ってくれて嬉しいから」
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