隣の先輩
 すごく、温かい。


 すごく嬉しいのに、苦しい。


 こんなに優しくしてくれても、私は先輩の好きな人にはなれないと分かっているから。


 それでも、こんな優しさに浸っていたくて、私はこくんとうなずいていた。


 先輩はマフラーを結んでくれた。


 そして、私からケーキの箱を取り上げる。


「帰ろうか」

「用事は?」

「もう済ませた」


 そう言うと、先輩は歩き出す。私は大きな背中を見ながら後をついていく。


 時折、雨が体に触れる。でも、不思議と寒さは感じなかった。


「なんか今年の春に一緒に遊びに行ったことを思い出すな」


 そう言うと、先輩は笑っていた。


 あのとき、先輩の寝起きの悪さを知ったこと。


 雨が降って手をつないでくれたこと。

 肩をつかまれたこと。


 先輩の家に入って、すごくドキドキしたことを昨日のことのように思い出す。


 いろんなことを思い出し、私はやっぱり先輩のことが好きなんだ、ということを改めて実感していた。


 私は先輩の好きな人になれないことは分かっていた。


 それなのに、私は先輩のことが好きでたまらなかった。
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