隣の先輩
 私は何度も深呼吸をする。


 そのたびに白い塊が口からこぼれる。


 多分、どうしても渡したいと思ったのは、感謝の気持ちを伝えたかったからそう思ったんだと思う。


 先輩の家に着くまで、先輩にどう話をしようとかそうしたことをずっと考えていた。


 私は先輩の家に来ると、何度も深呼吸をした。手袋をした手でインターフォンを押す。


 私が心の準備をする間もなく、扉が開く。


 扉を開けたのは誰でもない先輩だった。


 私は突然のことに変な声を出してしまっていたと思う。


「先輩、あの」


 先輩は不思議そうな顔で私を見ている。


 とりあえず出せば話が通じると思い、コートからお守りを取り出そうとした。


 コートのポケットに手を突っ込んで、いつもと手の感触が違うのに気づく。


 手に当たるのは携帯だけ。最近感じるざらついた手触りのものがそこには入ってなかった。


 どうしてだろう。


 そのとき思い出したのが、昨日、コートを洗ったときに中身を出されていたことだ。


 入れるのを忘れていたんだ。


「そういえば、今朝」


 私は動揺して先輩のそんな台詞を打ち消していた。




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