隣の先輩
 そのとき、頭を過ぎったのは今日のことだった。


「でも、先輩は今日、宮脇先輩のことを名前で呼んでいましたよね。今まで苗字でしか呼ばなかったのに」


 宮脇先輩はその言葉を聞いたからか、優しい笑顔を浮かべていた。


「名前? あれは真由ちゃんが考えているのとは別の理由。ずっと稜は私のことを名前で呼んでいた。そう呼ばなくなったのはためしでつきあって別れたからだったかな。


私と別れた後も、クラスメイトとか、友達から私とつきあっているのかって聞かれたりしたんだって。


名前で呼んだらそんな感じで思われるのかと思ったら、なんとなく苗字でしか呼べなくなったって本人は言っていた」


「そうだったんですか?」


 自分が振った相手なのに、そう思われるのがいたたまれなかったのだろうか。



「そうらしいよ。この前、受験の帰りに聞いちゃった。そんなこと気にしなくていいのにね。稜らしいといえば、稜らしいんだけど。苗字で呼ばれるようになって、結構ショックだった。

私を名前で呼ぶのは特別なことじゃなくて、昔に戻ったのと同じこと。それだけで深い意味はないんだ」


 そういった彼女はどこかすっきりしたような笑顔を浮かべていた。


「今なら稜のことを忘れられるって思ったの」


「だってこの前まで、あんなに」


 宮脇先輩は私の手をギュッと握っていた。その手はすごく温かかった。


「真由ちゃんにありがとうって言わないとね」


「どうして?」


 私は何もしていないし、宮脇先輩に西原先輩のことを忘れてほしくなかった。
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