キョウアイ―狂愛―
領主アルザスのもとでは、盗賊に囚われていたという一人の女が世話になっていた。
名をクレア。
「聞けば行く所もないと言う。それならば、しばらくこの城で養生するがよい」
アルザスは憐れなクレアに寛大な言葉をかける。
しかし、実の所は、リドル家の主、サイファの執着の対象であるクレアにしか興味はなかった。
いかにリドル家とのやり取りに使えるか?
クレアの価値を計っていた。
クレアはサイファの住む屋敷からいか程も離れていないこのアルザスの城から早く去りたかったのだが、何かと口上を述べられては城に引き留めて置かれた。
クレアには記憶が欠けていた。
ジキルと共に崖の端に追い詰められた後からどうなったのか思い出せない。
助けてくれたアルザスの部下、ローヌの申し分に寄ると、たまたま川の端で倒れる自分を見つけ手厚い看護をしてくれたらしい。
ジキルは一体どうなったのだろうか?
どんなに考えを巡らせてもクレアにはあれ以後の争いを思い出す事は出来なかった。
ただ、何故か手を伸ばし自分の名を必死に呼ぶ、サイファの姿が頭をよぎった。
(あんなヤツ
思い出したくもないのに……)