キョウアイ―狂愛―
ジキルは人混みの中を歩きながら、袋の中からリンゴを取りだし皮ごとかじる。
歯ごたえもよく、甘い。
いいリンゴだ。
「……ゾルレン。ゾルレン!」
ジキルがハッと振り向くと同じようにフードを深く被った女が自分を呼んでいた。
「おー。すまねぇ、ラン。一瞬通り名を忘れちまったぜ」
ジキルは用心の為、トルティアの街では別の名前を使っていた。
「リンゴなんかかじってボーッとしてないで、しっかりしてよね?」
ジキルにはっぱをかけるランは、今では彼の頼れる妻だ。
長く信頼を築いてきた二人はいつしか寄り添い合う関係となった。
「領主の反対派は、予定通り今夜、バードの店に集まるわ」
「解った」
街の改革の計画は着々と進んでいる。
気の休まらない日は続くが、有意義な人生だ。
ジキルの持つリンゴが芯を残すのみとなった時だった。
「お前も食うか?」
ランにリンゴの袋を差し出すジキルに、人混みから飛び出して来た子供がぶつかった。