漆黒シンデレラ
そう考えると「字」というものは凄いものだ。国すらをも支配する要因になるのだから。
(——感情を吐き出して、全てを込めて——)
私は真っ白な半紙にそれを露にしていくだけだ。
……気がつけば、私は三時間も「九成宮醴泉銘」を書いていたのだった。さすがにこんなに書いてしまえば、腕に鈍い痛みが走って来る。
(…ちょっと、腕が半端無く痛いんだけど——…)
そんなことをぼんやりと考えていると、私の白い携帯電話のランプが点滅していた。サブディスプレイを見てみれば——我らの日比野書道教室の師匠からだった。
「げっ——…何の用だろう」
もう夜の7時30分ぐらいだ。これから習字に来いとか言われたら、私死ねるんですけれど。
「——純蓮書道展へ出す作品について、か」
とうとう——この時期がやって来たか。
環はそう呟きながら、携帯電話をポケットの中に入れて全力疾走で家路に辿るのだった。
夜は既に濃くて、星空の姿を鮮明に見受けられる。生憎新月だから空は暗いけれどね——
柔らかい風が吹いて、私や——他の誰かに吹き抜けてくれるのを願う。誰かがこの夜空の下で願いを懸けているのならば、
どうか、——叶えてあげて——