漆黒シンデレラ
環は九成宮醴泉銘を三時間も書いていた疲れ、葉澄は陸上部の疲れの最中30分程師匠からの説教を喰らった。
「……何か、疲れたんだけど…」
「……だよね環ちゃん」
二人は溜め息をつきながら墨を擦っていたのだ。純蓮書道展に作品を出品するのは主に高校生からで殆どが大人の人である。
その中で群を抜いて凄まじい作品を作りるのは言わずと知れた「木城葉澄」なのだ。去年の——高校一年生に出品するとその反響は書道界に轟いた。
(あれ——環ちゃん、腕が震えてる?)
俺は目の前で墨を擦っている環ちゃんの腕を見て気がついた。肘がカタカタと震えているように見える——
しかも、微かだが彼女から"墨汁"の香りがする。
「はー君、どうかしたの?」
「へっ?何でもないよ。俺ら、高校生にもなって怒られちゃったね」
「ははっ、そうだねー。私なんて未だに師匠に怒られて泣いちゃうよー」
知ってるよ。
「そうなの?やばっ…師匠、またこっち見てるし」
環ちゃんがいつも歯を食いしばって、泣くの堪えているのを。
「早く擦って、話聞きに行こう?」
「そうだね」
その真っ黒な瞳から流れ落ちる涙は何よりも美しいから。
思わず見惚れてしまうんだよ。