漆黒シンデレラ
墨で汚れた手をふと見つめていると、
里菜が苦虫を噛んだような表情で師匠の方を指差していた。「あっちを見ろ」そう言っているように見えたので、師匠の方を見てみると…
「馬鹿者が!この龍の作りをクロスするようにするんだ!筆を返して、連綿を大切にしろ!お前はいつも連綿が無茶苦茶なんだ!」
「…はい」
環ちゃんの——決して上手とは言えない「龍」の文字が朱液で直されて行く。まだ初めて書いたのにあんな怒鳴る必要はないのに、そう思うが——
その感情こそが環ちゃんを傷つけてしまうのを俺は解っている。
と、その時。顔を上げた師匠と眼が合った。
「——葉澄、書けたのか」
「はい…」
そして、師匠は俺の書いた「魑魅魍魎」を暫く見ながら満足そうに笑った。
「ふむ…構図は悪くない。だが、魑魅魍魎は妖怪のことだ。その情景をもっと大胆に表現しろ、どうせならおどろおどろしく書いても問題ない」
お願い——
「…それじゃあ、墨はとびきり黒く擦った方が良いですよね」
環ちゃん、そんな気付いた顔をしないでおくれ。
「そうじゃな。寧ろ、逆に薄くしても良いかもしれん。それは自分で試行錯誤しろ」
そんな真っ黒な瞳で、ガラスのような瞳で"ただ"俺だけを見つめないで。
朱液がつくことのない俺の作品は空虚なだけな気がしたんだ。
環ちゃんが傷つくなら「書道」なんて辞めたいけれど、辞めてしまったら俺と君との繋がりを完全に失ってしまう。
それだけは避けなければならない。