(短編)フォンダンショコラ
隼人なんて、どこにでもある名前。今隣にいる女の子の彼氏が、あたしが思い描く「隼人」とは限らない。

なのになぜか、あたしは妙に緊張していた。


もしかしたら。もしかしたら。

その思いで、あたしは動けずに固まってしまった。



実際には、数秒しか経っていなかったと思う。けれどあたしは、随分長い間静寂に包まれているような感覚だった。




「んー、どれでもいいよ。お前が決めろよ。」




静寂の中で、唯一届いたその声。


間違えるはず、なかった。


あたしがその声を、聞き間違うはずなかった。


あれほど側にあった声。あれほど思い出した声。

あれほど、すきだった声。



隼人だ。4年間、願い続けた、忘れられない人が、今こんなに近くにいる。



どうしよう、話したい。あたしだよ、って言いたい。

でも、勝手にあんな別れ方をしたあたしに、彼は笑いかけてくれるだろうか。


でも、もう二度と、会えないかもしれないのに。

せめて、謝りたい。ありがとう、って言いたい。

今更かもしれないけど。


ねえ隼人、言いたいこと、いっぱいあるんだよ。



振り向いたら、隼人がいる。けどあたしは、その勇気もなかった。


「えー!?どれでもいいとか言わないでよ!隼人の意見も聞かないと意味ないじゃん!」

女の子が憤慨した様子で答えている。その声を聞いて、ハッとする。


・・・そうだ、きっとあのコは、隼人の彼女なんだろう。

だったら、あたしはおとなしく立ち去ったほうがいい。

隼人のために、会わないほうが、いい。


「だってこうゆうのよくわかんねえし。お前のセンスに任せるから。お前が決めたやつのがいいよ。」


何も変わってない優しい声が聞こえる。


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