悲愴と憎悪の人喰い屋敷
「なぁ、胱矢」
「…ん?」
考え事をしながら荷物を出していた俺は樋口の言葉に数秒遅れて返事をする。
鞄の中から数着床に出して樋口を見上げると、真剣な顔で俺を見ていた。
「どうして、下の名前で呼んでくれないんだ?」
「え?」
てっきり返事の事を追求されるのかと思っていた俺は目を瞬かせる。
「名前で呼んでいた方が良かったのか?も、もしかして社交辞令的で密かに傷付けていたとか?いや、でもイキナリ名前で呼び合うのも変な感じだしな〜。でも、樋口が嫌なら今からでも言うように…」
「はははっ」
懸命に考えて喋っていると、突然樋口が笑い出す。
「な、何だよ。人が真面目に考えてんのにっ!」
腰に手を当てて立ち上がると、樋口は笑いで出した涙を拭き言う。
「ごめんな。本当に良い奴だなと思ってさ」
樋口は笑いをおさめ憂いを帯びたような目をして俺に近づいてきた。
「え、ちょっ…樋口?うわ!」
ズンズン近づくので俺は後ろにあるベッドに足を取られて後ろから倒れてしまう。
しかも、そのまま樋口が覆い被さり左手首を掴んで顔を近づける。
ちょっと待て!もしかして俺ってキスされそうになってるのか?
「胱矢…」
「ばっ…ちょっ!」
突然の出来事に動揺して上手く言葉が喋れない。
樋口の手が頬に触れて、万事休すかと固く目を瞑った時、
激しく叩く音が部屋に響いた。
「!」
部屋の扉ではなく窓からだ。
俺と樋口は同時に音の聞こえる窓を凝視する。
ここは二階だ。
誰かが外からノックする事など出来る筈がない…。