さらわれ花嫁~愛と恋と陰謀に巻き込まれました~
真っ黒な煙が、まるで雨雲のようだとソリャンは思った。
「母上」
自分の中に、ないと思っていたはずの言葉が、ふいにこぼれおちた。
胸に抱く女の長い髪をすっと撫でる。
女は、眠っているように安らかな顔をしていた。
長い年月をともにしたはずなのに、一度も笑った顔を見たことがない。
孤児だった女がミゲルに拾われたのは、5歳のころと聞いている。
やがて成長すると、その美しさが王の目にとまり、ソリャンを身ごもった。
出が出だけに母となることは許されず、
ソリャンは、子に恵まれなかった別の妃の息子として育った。
いつも目を合わせずに頭を下げ、臣下として命がけでソリャンをかばっていた。
それが余計にソリャンをいらだたせた。
こんな最期になるのなら、きちんと話をしておけばよかった。
いつか彼女の口から真実を打ち明けてくれると信じていたのに。
いつか、
自分を止めてくれる日が来ると信じていたのに--。