さらわれ花嫁~愛と恋と陰謀に巻き込まれました~
そこだけが切り取られた緩やかな時間の流れであるように、
ゆっくりと、ただゆっくりと、杯が静かに落ちていく。
砕け散る音も、飛び散る水しぶきも。
世界は今までと同じ時の流れを刻んでいるはずなのに。
あぁ、危ないから片付けなくては。
足元に転がる杯だったものの欠片を見て、
カマラが一番最初に思ったのは、そんなごく普通のことだった。
・・レイラ。
遠い地に赴いた妹の姿を思い出そうとして、
カマラはにじむ景色をぼんやりと眺めた。
濡れてしまった床の水溜りに、さらに数滴、塩水が流れ込んだが、
音に驚き牢に飛び込んだ兵士の手によって、すぐに拭き取られた。
長い年月をかけて築きあげ、何よりも固く構築された基礎だと信じていたものが、
カマラの中で、音もなく崩壊した。
(つづく)