特攻のソナタ
この時代、女学生の私にしてみれば兄や弟以外の同年代の若い男性と話す機会などそうあるものではなかった。とまどう私に相手は続けてこう言った。
「ピアノを貸してほしいのです。すぐ終わります。」
「ピアノ・・・ですか?」
「はい、ピアノを弾かせてほしいのです。」
「・・・」
私はまだどうしていいか分からず黙っていると、若者は落ち着き払ってこう続けた。
「お願いです。自分にはもう残された時間がないのです。今生の頼みだと思ってきいてください。」
(今生の頼み)・・・その重い言葉が私とたいして歳も違わないであろう若者の口から出るとは・・・私はようやく若者の真剣さに気づいた。特別攻撃隊のことは私もよく聞かされて知っていた。敵艦に機体ごと体当たりして、死をもって皇国に報いるのだということを。鹿児島航空隊と言えば知らぬものはいなかった。
「わかりました。体育館を開けますからついてきて下さい。」
私はそう言うと、若者を体育館へ案内した。
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