花は踊る 影は笑う~加賀見少年の非凡なる日常~
嘘ではない。鼻の下のばして千早をでれでれと眺める綾人の姿は、実際自分をそんな顔で眺められてるようで嫌だったのだ。
「それだけじゃない」
落ち着き無く、頭を掻きつづける千歳に向かい千早がぽつりと言った。
「わたしは……最初、千歳のこと襲ったのに……なのに、わたしのこと誰なのか、一緒に探してくれようとしてる」
そういって千早は目を伏せる。
「……自分でも……よく、わからないんだ。なんで千歳のことあんなふうにしたのか……気が付いたら、自分は千歳だって思い込んでて……でも、千歳はわたしじゃなくて千歳なのに……なんでそう思ってたのかも、なんでここにいるのかも、自分が……何者なのかもわからない……でもひどいことしようとしたのは確かだ。なのに……」
混乱ぶりをそのまま現すかのような、たどたどしく途切れ途切れの言葉。演技ではないだろう。千早は本当に迷って、戸惑っている。自分のことがわからないというのは自身の存在を否定しかねない事実だ。困惑するのが当然だろう。千早は多分、不安でたまらないのだ。そしてそんな千早の気持ちが手にとるように分ってしまうのは何故だろう。
やはりただの他人と言い切れない……そんな感覚に捕らわれてしまいそうになってしまう。その困惑についつい同調しそうになってしまう自分がいる。
それを振り払おうと、軽く頭を振って千歳は笑ってみせた。
「いや、俺もさ……このよくわからない状況をはやいとこどうにかしたいからな」
あくまでも自分のためだと。千早のためにしているのではないと千歳は振舞う。限り無く真実に近い、言訳にも似た言葉で。
千早はそんな千歳をしばらくじっと見ていたが、やがて同意するように頷いた。
「そうだな。はやいとこ、すっきりしたいよな」
唇の両端を無器用に吊り上げるその仕草から、千歳は慌てて目を逸らす。
そんな顔、見たくはない。見る必要はない――