花は踊る 影は笑う~加賀見少年の非凡なる日常~
目を逸らし俯いてぼそぼそと言う千早に納得はいかないものの、そのまま口をつぐんでしまったので、それ以上は訊かずにそのまま手を引っ張って歩き出す。
昨夜の一件で寝不足気味。病み上がりということもあり付きまとう倦怠感で体は重かったが、木々に隠れるように早足で木陰を歩いていると幾分涼しい風が頬を撫でる。心地よいその風が徐々に気だるさを拭ってくれる気がした。
少し斜め後ろを手を引かれるまま黙々と歩いている千早を時々ちらと横目で見ると、表情は固いものの、やはり気持ちよいのか、風が吹くと微かに目を細めたり瞬きをしたりしている。それでも無言が崩れることは無い。
口数が多くなったかと思えばまただんまり。表情が豊かになったかと思えば再び乏しくなったり。
会って二日目で何でもわかるのは無理なのだろうが、どこかしら他人に思えない何かを感じる自分そっくりの相手。なじんだかと思えばまた態度を硬化させる千早の様子は、千歳を落ち着かなくさせる。
千早の態度が一定しないのは抱えている不安が要因なのだろう。それくらいは想像がつく。だからといって千歳までそれに振り回されるのはどういったことなのだろう。
千早の不安がそのまま千歳に伝染しているとでもいうのだろうか――
ようやく校庭がとぎれ、部室やテニスコートやプール等の施設が置かれた区画へ向かう小道に出る。ここまでくれば、この時間帯に人と会う心配はほとんど無い。研究所はこの道の途中、少し脇に逸れた奥まった場所に建っている。
道と敷地を区切るように敷き詰められた青々とした芝生に踏み入り、その先にある白い洋風の建物を一旦見上げた千歳が振り返る。
「ここ。覚えない?」
千歳に問われた千早も研究所を見上げたが、
「知らない」
小さくかぶりを振った。
「そか……」