花は踊る 影は笑う~加賀見少年の非凡なる日常~

 千早の答えを聞きながらもう一度建物へと向き直り、千歳は再び千早の手を引き建物の入り口まで連れて行くと、そこで足を止め、大きく深呼吸をすると気合を入れるように頬を両手で軽く叩く。
 ドアの横にある認証装置を一瞬見たものの、使うのは諦める。どうせまたろくでもない質問しかしてこないだろうし、先日のような内容なら、仮にも女である千早に聞かせるのも躊躇われる。腰にぶら下げていた鍵束のフックを、引っ掛けていたベルト通しの紐から外し、一本を選び出すと、
「ちょっと下がって、少し待ってろな。ちょっと中から音とかするかもしれないけど中は覗かないように。俺が戻ってくるまでじっとしてて」
 千早にそう言って後ろに下がるよう促して、ポケットから手袋を取り出し装着。鍵穴に鍵を差し込みドアノブを捻るとそっとドアを開け、中に体を素早く滑り込ませた。
 何故待てと言われたのか千早にわかるはずも無く、どうしてポケットに手袋なんか入れていたのか、下がれと言ったのか……疑問だらけのまま千歳を見送りながら、千早は言われたとおり数歩下がる。ドアが閉められたその瞬間、ドアの向こうで何か激しい炸裂音がして思わずドアに駆け寄りそうになったが、千歳が覗くなと言ったことを思い出し、その場に踏みとどまった。
 そして数分後――

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