花は踊る 影は笑う~加賀見少年の非凡なる日常~

 興味を惹かれたらしい千早の反応に千歳が訊き帰すと、千早は一瞬躊躇ったようにも見えたが、すぐに意を決したように口を開いた。
「あるんだ」
「……? 何が……?」
「これ。僕の背中に」
 そう言い、千歳に急に背中を向けると、自らの手で着ている黒いシャツのひらひらした裾を捲り上げてみせる。突然目の前に現れた真っ白な背中に戸惑いつつも、白いだけに目立つ痣のようなものに、千歳もすぐに気が付いた。
「これの……ことか?」
「さっき、小梅が見つけたんだ。その字に似てるだろう?」
 言われてみれば確かに文字に見えなくも無い。歪な形ではあるが、千早が指した単語と同じく読めなくもない。
「わたしと、関係あるのか?」
 裾を降ろして振り返った千早は、先ほどまでの固まった表情を崩していた。何かに怯えるかのような、おどおどとした視線を向けられて……千歳は即答できずに一瞬息を呑む。
「……わかんね。他が読めないしな。それの意味もわかんないし」
 なんとかそう答えると、テーブルの上の本に栞代わりの紙切れを挟んで閉じて、それを手にとる。
「とりあえず、これ。持ってってみる。小梅なら読めるかもしれないし」
 小梅は頭が良いし、英文も勿論得意だ。それに痣を見つけたのは小梅らしい。もしかすると調べモノがあるといってたのはその言葉のことかも知れない。
 本を片手に部屋を出ようとドアのほうへ向かう。だが、ついてくるはずの足音が聞こえない。千歳が足を止めると、背中から震える声が聞こえた。
「……わたしは……千歳じゃなかった」

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