花は踊る 影は笑う~加賀見少年の非凡なる日常~
仕方なく後ろを顧みた千歳の視界に、じっと立ち尽くす千早の姿が映る。
「…………男でもない」
「……そうだな」
背後に窓があるため、逆光で顔が良く見えない。でも、俯いているらしいのはわかる。そんな千早がゆっくりと顔を上げた。
「人でも……ないのかもしれないな」
口元は笑っているように見えた。けれど、そう言ったその声は酷く弱々しい。
「昨日……言ってたよな。ドッペルゲンガーかもしれないって……」
「や。あれはものの例えってやつで……」
――泣く。
なんとなく、そんな気がした。
「わたしは、やっぱり……」
「違うって!!」
思った以上に大きな声で言ってしまって、千歳自身驚いた。慌てて口元に手を当てて一旦息を飲み込み、今度は落ち着いてゆっくり続ける。
「ドッペルゲンガーじゃねえよ。だいたいあれって悪霊なんだろ? だったらほら、こんなふうには」
そう言って手を伸ばすと、千歳は千早の手首をしっかり掴んで引っ張った。
「握ったりできねえだろ?」