花は踊る 影は笑う~加賀見少年の非凡なる日常~

 僅か十秒ほどの放水だったが、その圧力で身動きをとれなかった千歳は全身ずぶ濡れ。そして廊下はびしょびしょ。
「くっそおおおお」
 どれだけ悪態をつこうとも、濡れた廊下の拭き掃除が追加された事実は覆らない。
 苛立ちはすぐに諦めへと消化して顔を上げる。
 廊下の一番奥にある所長室。最大の難所を目指し、そこへ至るまでに残されている発見済みのトラップをしっかり思い出しつつ千歳は歩き出した。
 その後は無事にトラップを華麗に回避。
 ようやく所長室のドアの前に辿り着き、大きく深呼吸をして中に入る。
「うっ……今日もひでえな……」
 部屋に入った瞬間に視界に飛び込んできた惨状に思わず呟く。
 昨日だってきちんと隅々まで掃除したのだ。
 それが何がどうやったら一晩でこんなに散らかるというのだろう……。
 書棚に囲まれた部屋の中央に広げられた折畳式のテーブルは実験室から運び込んだらしい。せっかく実験室があるのに理事長はいつもここで色々やろうとする。
 テーブルの上には汚れたフラスコやビーカーと薬品の入った瓶、混ぜたり量ったりする器具も使いっぱなしで放置してある。
 そして一緒に置かれていた本の開いたページには何かの魔方陣らしきものと小さな妖精のようなものの挿絵。多分、魔術書の類のものだ。
 一体何を作っていたのだろうか……。
 想像すると嫌な予感しかせず、背筋に悪寒が走る。
 テーブルの足元には丸めた紙くずやお菓子の包み紙が大量に散らかっているし、部屋の隅っこに追いやられたデスクの上には本が何冊も中途半端に開かれた状態で重ねておいてある。

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