花は踊る 影は笑う~加賀見少年の非凡なる日常~
そこで千早は少し躊躇うように口をつぐんだが、すぐに再びその唇を開いた。
「わたしは、千歳といると……落ち着くんだ。何故か、とても安心できる……でも……」
その唇に、微かに笑みが浮かぶ。けれど、それはどこか歪んだようにも見えるひきつった曲線で――
「千歳には、わたしはすごく迷惑をかけている。わたしの存在は千歳をとても混乱させて、悩ませている……わかってるんだ。わかってしまうんだ……」
千歳の視界から千早の口元が消えた。より俯く角度を深くした千早の顔は完全に伏せられ、消え入りそうな声だけが千歳にむけられる。
「なあ……やっぱり、わたしは居ない方がいいよな。居るはずがないものが居るなんて……ありえないものな」
声が、震えていた。自分と同じ声。だけど、千歳が聞いたことが無いほどに弱々しく、力のない声。
「それは……」
なんとか答えようとする千歳の声に、うなだれていた千早の頭が上がる。目は伏せられたままだったが、その顔が再び千歳の視界に全体を曝け出す。
笑みの形は何とか留めていたが、その震えは隠せない。ひきつれた動きで上下する唇が千歳の胸をちくりと刺す。