花は踊る 影は笑う~加賀見少年の非凡なる日常~
学園の理事長が作ったこの建物は科学研究所といえば聞こえはいいが、その実体は玄関のこの惨状から想像できるように怪しさこのうえないものだ。
実際この奥にある研究室の書棚に並ぶ本も科学に関係するものばかりではなく、魔術書や呪術書など……本来科学とは全く無関係、寧ろ対極にあるような内容のものも多い。
ここをほぼ独占状態で使用しているのはこの学園の理事長であり。
つまりこの建物は、理事長の趣味である妖しげな研究をするためだけに作られた場所なのである。
そして千歳が何故そんな場所に日々来なければならないのか……それには深い深い事情がある。
「駄目だよ。ちーちゃん。高校はちゃんと行かなくちゃ」
「そう……そうだよな。でも……」
くるくるとした紅茶色の瞳にまっすぐ見つめられ、千歳は落ち着きなく詰襟のボタンをいじりながら言い淀んだ。
のんびりとした物言いながら、綺麗に切りそろえられたおかっぱ頭が良く似合う愛らしらしい少女の言葉は何よりも千歳にとって絶対的支配力を持ち、常に千歳の決定に影響を及ぼす。
それは何も少女がむやみに力で千歳を服従させているわけではなく千歳自身がそれを望むからそうなっている。
「でも、小梅。こればっかりは無理かも」
千歳は目の前の少女の願いは何でも叶えてあげたい。
そう、千歳は小梅が好きなのだ。
だから小梅の望む自分でずっとあり続けた……けれど、今回ばかりはそれは難しい状況だった。
中学三年――高校受験を控えたこの頃の千歳はかつてない苦境に立っていた。
苦笑いで答えてやることしか出来ない。