花は踊る 影は笑う~加賀見少年の非凡なる日常~
「じゃあさ……」
その声が更に近くなった。暗闇に目が慣れて来たせいもあるだろう、今はもう、はっきりとした人の輪郭が千歳にも見えている。
その影が、何かを振りかぶるような動作をしているのに気が付いた、その瞬間。
「消えてよ!!」
靴が砂を蹴散らす音。続いて風が鳴る音。ヒュ……と何かが空を切る音が聞こえ、反射的に千歳の体は動いていた。
後方に大きく跳び、上体を逸らせた千歳の顔面すれすれに……影が過ぎる。それが拳だということはすぐにわかった。すぐに続くように持ち主の体が突っ込んでくる。
殴りかかられたのだということは容易に想像できた。
だが、何故いきなり殴りかかられたのか……それも誰とも知れない相手に。千歳は混乱する。だけど、ぼやっとしている暇はない。一旦は通り過ぎた相手の足が地面を激しく擦る音、それがすぐに方向転換をしようとしていると気が付いた。また来る気だ。
千歳はすばやく前方へと視線を走らせる。少し離れて暗闇に輪郭を浮かび上がらせる校門が見える。道路にある街灯が照らす場所。ここから一番近い光源。
幸い相手は先ほどの攻撃を千歳が避けた弾みで、千歳よりも後方にいる。
「千歳っち~?」
それよりもまだ後ろの方から、自分を探す綾人の声が聞こえた。そののんびりさ具合からこの状況には当然気が付いてはいない。自分と、襲撃者の姿は見えていない。
勢い良く地面を蹴り、千歳は校門めがけて走り出した。
何より視野の効かないこの状況は思わしくない。それに相手もわからないとなると尚更気色が悪い。