花は踊る 影は笑う~加賀見少年の非凡なる日常~

 ――いや。
 自分の後を当然のように追いかけてくる足音を聞きながら、千歳は思った。
 誰とも知れないというのは少し違う。そう……あの声。少なくとも声には聞き覚えがある。顔が確認できてないだけで、自分が知っている人間には違いない。
 ――でも、一体誰が?
 人に恨みを買うような覚えはない。知らぬうちにそんなものを買うこともあるかもしれないが……少なくとも「消えてくれ」と言われるほどの恨みを買う覚えは全くない。
 一体どこの誰なのか。その顔を確認せずにはいられない。
 足には自信がある千歳だったが、背中からついてくる足音は、千歳と距離を損なうことなくぴったりと追いすがってくる。相手もなかなかに足が速い。
 それでも、なんとか追いつかれることなく校門まで辿り着き、灯りの下へと出る。ぴったりと貼り付いて来た足音の主が間違いなくとるだろう行動を予測し、身構えながら、足を止めると同時に勢い良く振り返った。
「……っ!!」
 予測どおりに降ってきた拳。それをかわし様に、通り過ぎようとした拳の手首を素早く捕らえる。バランスを崩し、前のめりに突っ込んできた体。目の前を横切った半そでシャツの肩口に刺繍されたエンブレムは……やはりこの学校のものだ。
 手首を掴まれ、千歳が引っ張るままに灯りの下に引きずりだされた相手の黒髪が千歳の頬を撫でて舞った。
「誰だよ……!! なんで……っ」

< 58 / 177 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop